東京地方裁判所 昭和34年(行)137号 判決 1960年7月27日
原告 全国消費者団体連絡会 外二名
被告 国・公正取引委員会
訴訟代理人 青木義人 外四名
主文
本件訴を却下する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者双方の申立
一 原告ら代理人は、次のような判決を求めた。
(一) 被告国との関係において被告公正取引委員会が新聞購読料一斉値上事件につき、昭和三四年八月一三日付でした審判手続に付さない旨の決定が無効であることを確認する。
(二) 被告公正取引委員会が新聞購読料一斉値上事件につき、昭和三四年八月一三日付でした審判手続に付さない旨の決定を取消す。
(三) 訴訟費用は被告らの負担とする。
二 被告ら代理人は、本案前の申立として主文と同旨の判決を求めた。
第二当事者双方の主張
一 原告ら代理人は、請求の原因として次のように述べた。
(一) 原告全国消費者団体連絡会(以下原告消団連という。)は消費者大衆の生活を強権的カルテルから守り、諸物価引下のための恒常的な運動を行うことを目的とする人格なき社団であつて、主婦連合会他二〇数団体で機成されるもの、原告日本生活協同組合連合会は勤労大衆の生活の向上その他を目的として消費生活協同組合法により設立された法人であつて、東京都生活協同組合連合会外一四四団体で組織されるものであつて、いずれも数年前から朝日新聞、読売新聞、毎日新聞、日本経済新聞を購読しており、原告日本労働組合総評議会は労働者の経済的、政治的、社会的地位の向上その他を目的とする労働組合(人格なき社団)であつて、日本教職員組合外四八組合によつて組織され、数年前から朝日新聞、読売新聞、毎日新聞、東京新聞、日本経済新聞を購読している。
(二) 全国の新聞購読料は全国紙、地方紙とも昭和二九年来ほぼ変動がなかつたが、昭和三四年三月三〇日、各紙は一斎に購読料値上の社告を紙面に掲載し、同年四月(但し東京新聞並びに読売新聞は同年五月)から月ぎめ購読料を一斉に値上した。その細目は別表記載のとおりであつて、その大部分は従前朝夕刊セツト版月ぎめ購読料金三三〇円であつたものを金三九〇円に、統合版は金二三〇円であつたものを金二九〇円にそれぞれ値上したものである。右新聞購読料の一斉値上は新聞の発行事業を行う別表記載の各事業者が昭和三四年三月頃、翌四月(一部は五月)を期して一斎に値上する旨を協議し、互に他の事業者と共同して対価を決定し、かつ値上後は新対価を維持することを約し、又は互に各事業者が一斉に値上及び新対価の維持を行うことを知りながら値上及び新対価の維持を行い、もつて共同して相互にその事業活動を拘束し、かつ共同して本年四月以降の事業活動を遂行したものである。別表記載の事業者は新聞業者の大部分を占め、右一斉値上は新聞に関する取引分野において私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下独禁法という。)の所期する自由な競争を大幅に制限し、原告らを含む一般購読者の利益を害し、国民経済の民主的で健全な発達を著しく妨げたものであるから、右行為は独禁法第二条第六項に規定する不当な取引制限に該当し、同法第三条に違反する。
(三) 原告消団連は、右一斉値上が行われるや直ちに昭和三四年四月七日、被告公正取引委員会に対し、独禁法第四五条にもとずいてその事実を報告するとともに必要な調査と適当な措置をとることを請求したところ、被告公正取引委員会は同月一六日、右の報告と請求にもとずいて事件の審査を必要と認め、審査官をして事件の審査にあたらしめ、その後審査官は鋭意審査の上審査報告書を作成してこれを被告公正取引委員会に報告した。被告公正取引委員会は右報告にもとずいて審査した結果同年八月一三日本件につき独禁法違反の疑いはないものと認めて審判手続に付さない旨の議決を行い、同日原告消団連にその旨の決定を通知した。
(四) しかしながら、右決定は事実の認定を誤り、さらに独禁法第二条第六項の解釈適用を誤つた違法があり、そのかしは重大であると同時に明白でもあるから右決定は無効でありしたがつてまた取消の事由も存在する。すなわち原告消団連が被告公正取引委員会に報告した新聞購読料一斉値上をめぐつて別表記載の各事業者に独禁法第三条に違反する行為があつたことは前述のとおりであるから右各事業者に独禁法違反の疑いがないものとした被告公正取引委員会の決定は違法無効である。
(五) 原告消団連は独禁法第四五条にもとずき被告公正取引委員会に対して適当な措置をとることの請求権を有するのでこれを行使したものであるが、原告消団連の右請求権は前記決定によつて侵害された。また原告らはいずれも消費者として前記新聞購読料一斉値上の違法行為により損害を蒙つたので独禁法第二五条にもとずき損害賠償請求権を有するか右請求権は独禁法第二六条第一項によれば被告公正取引委員会の審決が確定した後でなければ裁判上これを主張することができないこととなつているので、審判手続に付さないという趣旨の前記決定によつて原告らは損害賠償請求権を裁判上行使することができなくなつた。したがつて原告らは右決定によつてその損害賠償請求権の行使を不可能とされ、あるいは損害賠償を請求しうべき法律上の利益を害されたものであり、原告らはいずれも右決定の無効確認を求め、あるいはその取消を訴求する利益がある。
二 被告代理人は、本案前の申立の理由として次のとおり陳述した。
本訴は次のような理由によつて不適法であるから却下されるべきである。
(一) 被告公正取引委員会の本件措置は行政訴訟の対象となるべき行政処分ではない。
原告消団連が被告公正取引委員会に対し各新聞社の購読料一斉値上が独禁法に違反する旨申告したことは認める。被告公正取引委員会は審査の結果独禁法違反の疑がないものと認めて昭和三四年八月一三日に右案件を審判手続に付さないことを決定した。しかして独禁法第四五条第二項によれば公正取引委員会は同法違反の申告があれば必要な調査をしなければならないが、右調査の結果公正取引委員会が事件を審判手続に付すか付さないかについて行う決定は同委員会の内部的な意思決定にすぎず、それは国民の権利義務に関し一定の法律的効果を生ぜしめるものではないから行政訴訟の対象となるべき行政処分ではない。
(二) 原告らには当事者適格がない。
(1) 原告消団連は独禁法第四五条にもとずき被告公正取引委員会に対して適当な措置をとることの請求権を有し、被告公正取引委員会の措置は同原告の右権利を侵害したと主張するが、独禁法第四五条は公正取引委員会の活動開始についてその職権発動を促すいわゆる端緒に関する規定であつて、刑事訴訟法の告発に類似する違反申告について定めたものであり、民衆訴訟のごとく適当な措置をとることの請求権を一般に認める趣旨の規定とは解せられない。したがつて被告公正取引委員会がかかる違反申告に対し事件を審判手続に付さないという措置をとつたからといつて申告者の権利を侵害したことにはならない。
(2) 原告らは被告公正取引委員会の決定により独禁法の規定により無過失損害賠償請求権ないし損害賠償を請求しうる法律上の利益を侵害されたと主張するが、独禁法第二五条の規定する被害者の無過失損害賠償請求権は公正取引委員会の独禁法に違反する旨の審決の確定に伴つて享受する反射的利益というべきである。そもそも独禁法違反の行為に対し排除措置を命ずるための審判開始等の手続の履践については専ら公益上の考慮にもとずいてのみこれを決定すべきであつて、被害者の私的保護その他私法上の効果を目的としてこれを決定すべきものではないことは独禁法第四九条の規定をまつまでもなく本法の法条が公益保護のためにあるという性格からたやすく理解されるところであるから、仮りに原告らがその主張のように損害を受けたとしても私権保護の請求については別途に直接権利侵害者を相手方とする通常の民事訴訟法によつてなすべきものであり、かつてそれによつて十分にその目的を達成できる筋合のものである。
理由
本件訴の適否について判断するにさきだち、被告ら指定代理人石井幸一が被告公正取引委員会を代理して本訴を遂行することについての原告らの異議について判断する。けだし右の異議は本件口頭弁論において提起されたものであるが、当裁判所は本判決以外においては右の判断を示す機会を有しないこととなつたからである。
原告らの主張するところは、要するに右石井幸一は東京都高等検察庁所属の検察官であり、独禁法第三五条第四項により被告公正取引委員会の事務局職員中に加えられた検察官であるところ、同法第三五条第五項は「前項の検察官たる職員の掌る職務は、この法律の規定に違反する事件に関するものに限る。」と定めているから、同人が被告公正取引委員会の指定代理人として行動するのは同条項に違反する、もつとも同人は総理府事務官を兼任するから総理府事務官として代理人に指定されたとするから知れないが右兼任によつて検察官たる身分が失われるわけではないから前記の「検察官たる職員」であることには変りはなく、もし兼任によつて右の拘束を免れるとすれば右規定の趣旨は失われることになるからそのような解釈はあやまりである、また右にいう「この法律に違反する事件」とは少くとも被告公正取引委員会が違反の疑をもつている事件という意味であるのに、本件訴訟の対象となつている被告公正取引委員会の処分は本件新聞購読料の値上には独禁法違反の疑はないとの認定の上に立つており、被告委員会職員たる石井幸一もまた同様右値上につき独禁法違反の疑をもつていないのであるから、本件は右石井を代理人に指定した被告委員会からみても、指定された石井幸一からみても当然「この法律の規定に違反する事件」とはいえないというにある。
これに対し被告らの主張するところは、石井幸一が東京高等検察庁検事であると同時に総理府事務官を兼ね被告公正取引委員会事務局の職員であること、現に被告委員会には他に検察官たる職員はいないことは認めるが、同人は独禁法第三五条第四項第五項にいう検察官たる職員ではない、検事が他の行政官庁職員に併任される事例は少くなく、被告委員会においても現在これに該当するのは石井幸一一人であるが従前は同時に二人ないし三人であるのを例とした、被告委員会としては検事たる身分を有する者を職員とするにあたつては独禁法にいう検察官たる職員として採る場合と、そうでなく他官庁の職員に併任を命ずる一般の例と異ならない意味で採る場合との二つがあり、そのいずれに該当するかは被告委員会によりいかなる職務の担当を命ぜられたか、すなわち補職の命命いかんによつて区別することができるのであり、被告委員会は従来一貫して同じく検事の身分を有する者の担当職務を二系列にわかち(但し昭和二七年の改組前の審査部長たるものを除く)、一は違反審査の事務、他は審判事務としたのであり、前者に配置された者のみが独禁法にいう検察官たる職員なのである石井幸一は裁判官より昭和二八年一一月一日検事に任命され東京地方検察庁検事(昭和三〇年一二月一〇日東京高等検察庁検事に配置換)に補せられると同時に総理府事務官に兼ねて任命され、これとともに被告委員会より審判官を命ぜられ、その後昭和二九年四月一日兼ねて参事官を命ぜられ、当初から引き続き審判事務に従事して来たもので、審査部に配置されたものではないから、同人は検察官たる身分は有するが検察官たる職員としてあるのではない、仮りにそうであつても同人は兼ねて総理府事務官であり本件訴訟における代理人としての行為は右総理府事務官たる資格にもとずくものであるから、右独禁法の規定とはかかわりない、また本件訴訟は独禁法第三五条第五項の「この法律の規定に違反する事件に関するもの」に該当する、けだし右事件とは犯罪の対象のみでなく排除措置の対象としての独禁法違反容疑事件をも指し、しかもそれは申告又は職権により違反容疑の対象となつた案件はもちろん、いつたん違反容疑事件として調査したが違反の疑がないとして審判に付されなかつたもの、また審判に付しても公正取引委員会が違反の疑がない等の理由で独禁法第五四条第二項の審決をしたもの等をも含むものであるから、本件がそれであることは明らかであるというにある。
よつて按ずるに、石井幸一が検察官としての身分を有するとともに被告公正取引委員会事務局の職員であり、同人のほかには現に被告委員会には検察官たる職員がいないことは当事者間に争のないところであるから、同人が独禁法第三五条第四項により検察官として職員中に加えられたものというべきことは明らかであり同条第五項は検察官として公正取引委員会事務局の職員に加えられた者の職務は独禁法の規定に違反する事件に関するものに限る旨規定しているので、検察官たる身分のまま公正取引委員会事務局の職員に任命された石井幸一が右規定によつてその職務の制限を受けることは明らかである。被告らは、石井幸一はもともと審判事務を担当する職員として検察官と総理府事務官を兼ねて任命され、当初から引き続き審判事務にのみ従事してきたものであるから独禁法第三五条第五項にいう「検察官たる職員」に該当しないと主張するけれども、かような任命の際のいきさつや任命後の具体的職務の内容の如きは公正取引委員会事務局の内部的な事情にすぎず、現に同人のほかには被告委員会に検察官たる職員がいないこと前記のとおりであるのみでなく、仮りに検察官たる身分を有するまま被告委員会の職員に任命するにあたり、一は独禁法第三五条にもとずくそれとして任命し、他はしからずとするような形式をとつたとしても、同法が検察官たる職員の職務を制限した趣旨を後記のとおりに解するかぎり、その任命の形式や事後の職務内容のいかんにかかわらず、ひとしく同法の制限を受けるものとしなければその趣旨は全く没却されてしまうというべきであつて、この点から右同人が法第三五条にいう検察官たる職員であることを否定することはできない。また同人が総理府事務官を兼任していることも同人が同項にいう「検察官たる職員」であることをなんら妨げるものではない。けだし総理府事務官の身分を兼有していれば独禁法第三五条第五項にいう「検察官たる職員」に該当しないと解すべきであるとするならば、具体的には同一人によつて行為されてもたんなる資格の使いわけで別個のものとなるというに帰し、同項が検察官として公正取引委員会事務局職員に任命された者の職務を後述のような理由で制限している趣旨が全く没却されてしまうことは前同様であるからである。ところで同条第四項が公正取引委員会事務局の職員中には検察官を加えなければならないとした上で同第五項において検察官たる職員の職務を制限している所以のものは、第四項によつて特に任命される職員のうちでも任命の際現に弁護士たる者又は弁護士の資格を有する者の職務はなんら制限することのないことにくらべてみればおよそ次のように考えることができるであろう。すなわち独禁法はいちおう第一次的には同法運営の直接の国家機関を公正取引委員会と定め、これに独立の地位を与えるとともにまた広汎な職務権限を認めている。そしてこの職務権限のうち同法違反の事件を調査し、これを刑事上の犯罪事件として検察庁に告発し、あるいは自ら審判の上必要な排除措置を命ずる等の事項はそのもつとも中心的なものであることは明らかである。違反事件の調査は事の性質上犯罪の捜査と異なるものではない。そこに公正取引委員会の事務局職員中に国の検察権の主体であるとともに強力な一体としての検察機構の一部をなす検察官の捜査的機能及び訴追的機能等を必要とする理由がある。この意味で検察官たる職員の職務は当然同法違反事件に関するものであることが理解せられる。それとともに、もし検察官たる職員が右職務のほかさらにこれを超えてひろく公正取引委員会の他の職務をも掌ることる者の身分上の制約をとおしてこの職務についても他の国家権力が介入することとなり、公正取引委員会が独立して職権を行うこととむじゆんするにいたるおそれがある。かような考慮からして独禁法は検察官たる職員の職務を前記のものに限定したものと考えるのが相当である。
しからばここにいう「この法律の規定に違反する事件に関するもの」とは何をいうのであろうか。まず制度の趣旨が前述のものであることからして右にいう違反する事件に関するものとは独禁法の規定に違反するの故に刑事上の犯罪事件として告発さるべきものが本来的に含まれるべきことは明らかであるが、もとよりこれに限られない。このことは当初の右規定は「前項の検察官たる職員の掌る職務は、この法律の規定に違反する犯罪に関するものに限る。」とあつたのを昭和二四年の改正で前記のとおりに、改められたいきさつから明らかである。従つて右の事件とは独禁法違反事件として排除措置の対象に擬せられるもの一般にも及ぶものと解すべきである。その意味では独禁法違反の疑いで審査の上審判に付せられ、違反ありと審判せられた事件はもとより、いつたん違反の疑いで審査をしたが容疑なしとして審判に付さなかつた事件、審判に付しても審決をもつて容疑なしとされた事件もまたこれにあたるというべきであり、そうでなければ結果的に違反なしとされたものについては検察官たる職員は常に権限なくして関与したこととなり、その背理なること明らかであるからである。しかのみならず独禁法の禁止規定はそれ自体一の実体法であつてある行為ないし事実が独禁法の禁止規定に違反するかどうかは必ずしも公正取引委員会の判断をまたずともいわば客観的に定まるものというべきであるから、仮りに公正取引委員会がある事件につき審判手続を経もしくは経ないで独禁法違反なしと判断したとしても、それは当該事件がその事件としてその手続段階においてしかく確定し、争うべからざるものとなつたというに止まり、他の関係においてその行為もしくは事実が独禁法に違反するとの主張を禁ずるものではなく、当該事件が別個の観点から事後に争われることもあり得るのである。そうだとすればすでに公正取引委員会がいつたん独禁法違反なしと判断した事件といえどもそれについてさがのぼつて検察官たる職員の関与が権限なかりしものとなるものでないと同時に、その事件が他の関係において争われるかぎり右職員につきその事件についての事後の関与を排斥するものではないといわねばならない。これを本件についてみるに、被告委員会は本件の新聞代一斉値上についはひとたびは自ら違反の疑いで取り上げたが後に違反するものでないとしたものであつて、それまでの段階において検察官たる職員が権限を有したことは明らかであるとともに、事後において右の事件が本来独禁法違反であるとして被告委員会の処分が争われる本件訴訟についても、右職員が関与し得ない理由はないのである。あるいは独禁法に違反する事件に関するものとの意義をかく解すれば、もともと公正取引委員会の職務は独禁法に違反する事件の処理を中心とするものであるから、いきおいのおもむくところ検察官たる職員の権限はひろく委員会の職務の大半に及び、法が前記のような制限においた趣旨に反するとの非難があるであろう。しかしそれはあくまで当該具体的な事件の事前事後の関与を許すのみであつてその間おのずから一線を画するに足りるから、この非難は当らない。以上のとおりであつて、これを要するに本件訴訟はこれを独禁法第三五条第五項にいう同法の規定に違反する事件に関するものというに妨げなく、この点の原告らの異議は理由がない。
そこですすんで本案前の抗弁について判断する。
原告消団連が昭和三四年四月七日、別表記載の事業者らが同年四月又は五月を期して同表記載のとおり行つた新聞購読料の一斉値上につき独禁法第三条に違反する事実があるとして被告公正取引委員会に対し事実を報告するとともに適当な措置をとるべきことを求めたところ、被告公正取引委員会は審査官をして事件の審査に当らしめ、その報告にもとずいて検討した結果独禁法に違反する事実がないとして事件を審判手続に付さない旨決定したことは当事者間に争がない。
独禁法第四五条第一項、第二項によれば、何人も同法の規定に違反する事実があると思料するときは、公正取引委員会に当し、その事実を報告し、適当な措置をとるべきことを求めることができるが、その報告があつたときは公正取引委員会は事件について必要な調査をしなければならないとされている。これは独禁法違反事実に関する公正取引委員会の審査活動の端緒を同委員会の積極的な探知にのみよらしめることなく、広く一般人からの報告にもとずいて審査手続を開始せしめんとするものに外ならないが、ここにいう報告とはあくまで報告であつて、かかる報告をする者は事実上当該事実による被害者たることが多いであろうが、それによつて直接被害者の救済を得しめんとするものではなく、公正取引委員会は報告された事実を調査する義務を負うにとどまり、報告者に審判手続を開始することを請求する権利を与える趣旨であるとは解せられない。要するに右規定は一般人に公正取引委員会に対し同委員会が有する審査手続開始の権限の発動を促す申立をなしうる権能を与えたものにすぎないと解すべきであり、公正取引委員会は右報告の有無にかかわらず常に同法運営の直後の責任者として公共の利益のために事件を調査処理すべきものなのである。これはあたかも犯罪の被害者あるいは一般人は告訴、告発によつて検察官の公訴権の発動を促すことを得るが、公訴権を発動するかどうかは常にもつばら検察官の職権にあるのと同様な趣旨に外ならない。公正取引委員会の審査及び審判に関する規則第一九条は、公正取引委員会が審査官による報告を審査して違反とならない旨の決定をしたときは独禁法第四五条第一項の規定による報告をした者にその旨を通知することができる旨規定しているが、これは公正取引委員会の裁量によつて報告者に調査の結果について通知することができるものとした便宜の規定であつて、報告者に審判請求権を認めたことの根拠とはならない。また独禁法第二六条第一項、第二五条によると、私的独占、不当な取引制限又は不公正な取引方法によつて損害を受けた被害者の当該事業者に対する無過失損害償請求権は同法の規定にもとずく審決が確定した後でなければ裁判上これを主張することができないと規定されており、被害者が独禁法第四五条第一項の規定にもとずいて公正取引委員会に対し、同法違反の事実を報告し、適当な措置をとるべきことを求めることは右無過失損害賠償請求権を行使しうるにいたる一つの手がかりとしての意味もあるわけであり、その反面調査の結果公正取引委員会が審判手続を開始しないことを決定した場合には右請求権を行使しないこととなるわけである。しかし、もともと独禁法第二五条の規定は、私的独占等独禁法に違反する行為をした事業者に特殊の無過失損害賠償責任を負わしめることによつて被害者の救済を容易にし、あわせてこの面から間接に独禁法違反防止の目的を達しようとする政策に出るものであつて、右行為が民法上の不法行為に該当するときはたとえ審決がなくとも被害者が民法第七〇九条の規定にもとずく損害賠償請求権を裁判上主張することはなんら妨げられないところであつて独禁法によると民法によるとで被害者はその救済に難易はあるがたまたま独禁法上の無過失賠償が与えられないとしても元来固有の民法上の損害賠償請求権には消長はないのであり、しかも独禁法第四五条第一項は一般人をその対象としとくに被害者に限つていないのであるから、右独禁法第二六条第一項、第二五条の規定の存在によつても同法第四五条第一項の規定が一般人又は被害者に審判手続の開始を求める権利を認めた趣旨であるとは解せられない。
したがつて、独禁法第四五条第一項にもとずき事実の報告及び適当な措置をとるべきことの申立があつて、公正取引委員会が調査の結果独禁法に違反する事実がないものと認めて審判を開始しない旨の決定をしても、右報告及び申立が自ら被害を受けたと主張する者によつてなされたとその他の一般人によつてなされたことにかかわりなく、それは結局において公正取引委員会が独禁法違反の事実があると認めて審判手続を開始するについて有する職権を発動しないという意味があるにすぎず、報告者あるいは第三者の具体的権利義務に直接影響を及ぼすようなものではないから行政事件訴訟特例法にもとずく抗告訴訟あるいは無効確認訴訟の対象たる行政処分には該当しないのである。もしそれ公正取引委員会がその措置をあやまり、違法に職権の発動を怠つたとしても、今日の制度上直接の救済手段はなく、窮極においてはその任免を通じて内閣の政治責任にゆだねるほかないのである。本件において被告公正取引委員会が原告消団連が報告した新聞購読料の一斉値上について審判手続に付さない旨を決定したことは前述のとおり当事者間に争のないところであるが、右決定はなんら原告消団連その他の者の具体的な権利義務に影響を及ぼすものではないからその取消あるいは無効確認を求める原告らの本訴請求は結局において取消あるいは無効確認の対象である行政処分を欠く不適法なものであるといわなければならない。
以上のとおりであるから、本訴はこれを却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 浅沼武 菅野啓蔵 小中信幸)
(別表省略)